2010年5月 6日

けやき通り。(なぐり書き)

 五月晴れのとても気持ちの良い日中、日差しに誘われるように、
「あのけやき通りを恋人と一緒に歩くのって何かいいと思いませんか?」
 教壇上に立つ高橋教授が遠くを見るような目をして呟いた。
「私が高校生だった頃の夢だったんですよね」

 講義中だというのにひとり語りに入ってしまうのは良くあることなのか、ほとんどの学生は気にもかけていない。まあ、それ以前に、一般教養の科目である。単位欲しさに出席してるだけで、話を聞いている者などほとんどいないのであろう。案の定、広い大講義室の前方はほぼ空席で、ほとんどが後方の席に座っている。

「私はその近所の高校に通っていたにもかかわらず、一度も無かったのですよ。恥ずかしながら」
 そう自嘲気味に笑う教授に、先生は勉強ばかりやっていたのでしょ?、という声を後ろで上げたのは、その高校のことを知ってる者であろう。というのも、そこは昔から有名な進学校だからだ。


「だからどうしたんですか?教授がどんなさみしい高校時代を送ろうが、私達には関係ありません」
 前の方に座り講義を受けていた数少ない学生の一人が視線も合わさずに言う。
「それより、それが今日の講義のつかみというなら、早くオチを言うなりして、すぐに講義に入ってください」
 よく通る声でばさりと切り捨てた。それを受けてすぐに、
「由紀子、それは先生に対して失礼なものの言い方だわ」
 と、その隣に座っている学生が穏やかにたしなめる。
 いい?、と指を立てて、
「先生の高校時代ってほら、男女七歳にして席をなんとやらだったからなのよ、ねえ?」
 教授を見つめながらにっこりして言う。
「平和な時代に生まれた幸せを噛みしめて有意義に過ごしなさいってありがたい話に違いないわ」
「この間の話じゃ、生まれは東京オリンピックって言ってたから、教授は四十代」
 由紀子と呼ばれた方の学生は隣に苦笑いを浮かべて言う。
「和美、あなたのほうが結構失礼だと思う。ま、別にどうでもいいけどね」

 顔を真っ赤にして俯いた和美とそ知らぬ振りの由紀子を見つめ、
「オチでもなく、私の夢だったのです、本当に」
 と、教授はにっこりと笑った。
「さて、では今日の家族社会学はテキストの三十四ページから始めましょう。......」

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